Kiko Navarroの音楽をシンプルに伝えると、上質なバレアリック・ハウスという形容が最も適切だ。スペインを代表するリゾート地マヨルカ島出身の彼の音楽から海風を感じるのは、恵まれた環境で育つ過程のなかで、自然と形成された表現力の賜物なのかもしれない。1990年から活動を開始、マヨルカ島の〈Pacha〉で10年間、イビザでは〈Pacha〉、〈Space〉でレジデントDJとして在籍したキャリアの持ち主だが、これらのクラブに対して多くのひとがイメージする「過剰な派手さ」とは少し距離を置いたスタイルを保っているところが、キコ・ナヴァロの賞賛されるべき特徴だ。ここ最近のヒット曲で幾つか例をあげると、“Isao”や“Babalu Aye”は民族音楽をルーツとしながらも、アンダーグラウンド過ぎないクリーンなサウンド。また“Don’t Stop The Music (Kiko Navarro Vocal Mix)”Kultissime はディスコ色、“Can You Dance (Kiko Navarro Remix)”Kenny ‘Jammin’ Jasonは初期ハウスを彷彿とさせるが、どちらの曲もUSサウンドに偏りすぎず、軽快さと、親しみやすさが備わっている。(欧米で絶大な人気を誇るモータースポーツ)Moto GPの公式ツアーDJに抜擢されたり、大ヒットを記録した“Soñando Contigo”や、“Siempre”“Lovely”といった息の長いクラシックスを生んだ彼のキャリアは、欧米では充分に評価されている。にも関わらず、これまで日本で正当な知名度を得られなかったのは、彼のオリジナリティが「黒」や「白」、「派手」や「地下」といった売り出しやすい枠に当てはまらなかったからに他ならない。今年3月にBBEから発表されるアルバム『Everything Happens For A Reason』 は本人の言葉通り「360度の角度から彼を表現」しており、クオリティの高さ、緻密な構成にも関わらず、肩肘を張らずに聴けるのが、とても彼らしい。また、(ありふれたヒットメイカーとは異なり)楽曲とDJスタイルが一貫しているのも素晴らしい点で、何よりもDJとしてのスキル、コミュニケーション能力の高さは、彼がこれまで培った音楽経験の豊かさを証明している。スペインの日差しを浴びて、海に吹く風が遠くまで流れてゆくように、優しさと自然な高揚感を保ちながら、心地よい音楽が続いてゆく。キコ・ナヴァロは、ハウス・ミュージックの1つの到達点、バレアリック・ハウスの現在を担う唯一無二のアーティストである。